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通訳

ショパンコンクール記者会見の同時通訳における誤訳?ー通訳あるある

ショパコン記者会見の模様

2021年10月に開かれたポーランドのワルシャワにおけるショパン国際ピアノコンクールに先駆けて、9月30日に記者会見が開かれ、その様子がインターネット配信されました。

かてぃんこと角野隼斗さんの出場で、初めてショパンコンクールを視聴した人が大勢いましたが、私もその一人。7月の予備予選に続いて、ショパンに浸る1ヶ月の幕開けでした。

記者会見では、ポーランド語のスピーチもあり、その場合は、同時通訳の英語音声がポーランド語に被さって流れたのですが、そのときに、あれ?と思うことがあり、「通訳あるある」に思えたので、遅ればせながら、それについて書いてみたいと思います。

誤訳?と思われる内容

以下、ピョトル・グリンスキ副首相兼文化・国家遺産・スポーツ大臣 (Prime Ministerと呼ばれていた) によるポーランド語のスピーチの一部とそれに続くショパン研究所所長の発言です。(一部、日英併記)

[コロナ禍でコンクール開催にこぎつけたことで関係者への感謝の言葉を述べたあと]

大臣
大臣

このショパンコンクールはとても人気があります。2、3日前に、駐日ポーランド大使と会う機会があったのですが、大使はここ2年ほどショパンコンクールに関わってきました。大使は日本についての専門家です。

He told me that competition, but after all, definitely Chopin will be the winner・・・(?) the most important for Polish identity. (大使が話してくれたのですが、コンクール・・・でも、結局、ショパンが優勝するのです。ポーランドのアイデンティティとして最も大切・・・)

(黄色くマーカーをした部分、通訳さんの英語が崩れて、わかりづらい状態になっています)

[続けて、素晴らしいコンクールになりますように、という締めの言葉]

この後、国立ショパン研究所(NIFC)所長、アルトゥール・シュクレネル氏が紹介され、ポーランド人のシュクレネル氏は英語でスピーチをし、冒頭でこんな風に言われました。

シュクレネル氏
シュクレネル氏

Sorry, Mr. Prime Minister, we cannot promise that a Japanese will win the competition, but we will make sure that it is the best pianist who wins the competition.

(大臣、申し訳ございませんが、日本人が優勝するというお約束は致しかねますが、ベストピアニストが優勝することは保証いたします)

通訳視点からの考察

吹き出しの部分を読んでいただくと、大臣の発言に対するショパン研究所所長シュクレネル氏の返し方が噛み合わないのがわかります。

ポーランド人のシュクレネル氏は、大臣のポーランド語のスピーチを、通訳を介さずに理解した上で、英語で返されており、その内容から推察すると、最初に語った大臣はスピーチの中で、「ポーランド駐日大使が、今回は日本人ピアニストが優勝する可能性もあるのではないかと言っていた」という意味合いのことを話されたのではないかと思われます。

(そして実際にその「予言」に近いことが現実になりました! 2位に輝いた反田恭平さん、おめでとうございます!)

通訳をする際に、前もってスピーチの概要や要点を知らせてもらえる場合もありますが、そうでない場合も多く、また、スピーチの中で話すちょっとした逸話などは知らされない場合がほとんどです。そこで、通訳のスキルが試されるわけですが・・・

今回のように、「日本人が優勝するかも」のような、ある意味「意外な」情報が耳に入ってきた場合、おまけに、何かの理由で音声が聞きづらかった場合、自分が「聞いたと思うもの」が正しいかどうか確信が持てないと、それを訳し出すには勇気がいる場合があり、場合によっては、ちょっとお茶を濁したような訳し方をするというのは、ありがちなことです。(この場合がそうだったかどうかはわかりませんが)

大きく間違う可能性を避けて、ちょっと曖昧なままにするという、より小さいと思われるリスクを取るわけです。全て瞬時の判断ですが。この件でも最終的には、シュクレネル氏の大臣に対する応答の仕方から、最初に訳し出せてなかった部分についても、ある程度の推測ができます。

記者会見であれ、会議であれ、大切なポイントはたいてい繰り返されます。通訳としては、最初に外しても、なんとか挽回できるチャンスがあるわけです。(ない場合もありますが💦)

同時通訳の場合、途中で止まって考える時間はほぼないので、話の流れの中で、わかりづらいところ、聞き取れなかった部分があっても、推測しながら訳し続けます。そんな中で、出来るだけ全体的な流れを把握しながらわかりやすい通訳を心がけるわけですが、ここが、日々試され、葛藤する部分でございます、はい。

同業者の端くれとしては、ポーランドが国をあげて開催しているコンクールの記者会見における通訳でも、上記のようなことが起こるんだ、と思うと、ちょっと、ほっとします😅  (全体としては素晴らしい通訳なのに、間違いに思われる1箇所に焦点を当ててしまってごめんなさい)

人の通訳について指摘してしまったりしながらも、やはり自らを振り返り、日々精進したいものでございます。